【第23冊目『ガリレオの生涯/ブレヒト著』】

古典

「ガリレオの生涯」

ベルトルト・ブレヒトの戯曲。
1943年にスイスにて初演された。
故にこの本は全編セリフのみで書かれてある。

 
ガリレオ・ガリレイ(1564年~1642年)の生涯。かのシェイクスピアと同年の生まれである。

何が書いてあるのか。
一言で言えば、「真理と権威の戦い」だ。

 
 
真理と権威の戦い
 

ガリレオが生きた16〜17世紀のヨーロッパは、宗教が非常に力を持った時代であった。
歴史の流れの中で、政治と宗教は一体化し、宗教権力者が一国を支配するほどの影響力をもつようになっていった。

 
これは、宗教家が「権威」と「権力」を同時に持ってしまっていることを意味する。そういう時代であった。

するとどんな弊害が起こりうるのか?
権威者は自分たちの宗教を人々に信じさせるために、人々の思想や言動に、権力を行使して介入しようとする。
場合によっては、権威者にとって都合の悪いようなことは、権力によって潰すことができるのである。

 
この権威と権力を同じ者が所持することの危険性を危惧し、政教分離を説いたのが、のちの時代にジョン・ロックが著した「寛容についての手紙」である。

 
だがガリレオの時代には、ロックの言うような、近代の民主主義的思想はまだ生まれておらず、教皇の玉座のもとに民衆がひれ伏せざるを得ない時代であった。

 
 
異端者として火あぶりの刑に処された哲学者ジョルダーノ・ブルーノは、その犠牲者の一人である。

「地球は太陽の周りを回っている」と、現在では当たり前のことを言って断罪されたのだ。

その当時の人々の常識としては、地球が全ての中心にあり、太陽が地球の周りを回っているというものだった。

なぜそれが常識となっていたのか?
そう聖書に書いてあるからである。

それまで、キリスト教にはその聖典にとって都合が悪いものはことごとく闇に葬り去り、教えに疑問がわかないように情報操作が行われてきたという歴史があった。

哲学書は全て焚書。キリスト教では聖書に書いてあることが答えであり、前提を疑うことで真理へと近づこうとする、論理的な思考の「哲学」は、キリスト教とは当初全く相入れなかった。

 
だがこのような既得権益者が既得権益を守ろうとする構図は、何もキリスト教に限ったことではなく、歴史の中で永遠と繰り返されてきたことだった。

 

「古きものは言う、
昔からそうだったから今もそうだよ。
新しきものは言う、
よくないものなら消えてもらおう」

 

古きものと新しきものの争いは、
いつの世でも絶えないものなのかもしれない。

 
 
 
 
真理追求に対するガリレオの凄まじい執念

ガリレオもこの御多分に洩れず、時の権力者である教皇から強力なフックをくらった。

 

「1610年1月10日、
ガリレオは天国の不在を知った。」

なんとガリレオはコペルニクスの説を証明する現象を発見してしまったのだ。
天に天国はなかった。あるのは星々であり、広大な宇宙だったのだ。

こうなると聖書の教えとに矛盾が生じてくる。
教皇の教えと、また、世の中に広く信じられている教えとに矛盾が生じてくる。

 

「なにゆえに教皇は、地球を宇宙の中心に置くのか?
教皇庁の玉座が地球の中心にあるからですよ!」

 

こう言い放つ、著者ブレヒトの描くガリレオは見事だ。
弾圧により亡命を続けたブレヒトの人生が、この言葉に重みを与えているような気がする。

 
真実を知ってしまったガリレオは、真実を隠蔽しようとする教皇や哲学者たちには屈しまいとする。

「どんな暴力や権力にも俺は屈しない!」と。

 

「真理とは、時代の子供であって、権威の子供ではない!」

 

ガリレオが火を噴く!

 

「真理を知らぬ者は馬鹿だが、真理を知りながらそれを嘘だと言う者は犯罪者だ!」

 
 
 

生涯幽閉されるガリレオ

真理を知ってしまったガリレオは、幽閉の身で生涯を終えることになる。

なぜ彼が幽閉されなければならなかったのだろう!

彼はただ真理を発見し、その真理を世の人々に伝えたかったにすぎないのに!

 
ガリレオは屈したかに見えた。
死か黙るか。
この究極の2択で彼が選んだのは、真実を黙ることであった。
真理探求よりも命を優先したかのように見えた。

 
ソクラテスのように、
真理のために己の信念を曲げずに
死をも恐れず、真理の道を突き進むと思っていた弟子たちからすれば、がっかりであった。

その一番弟子は、ガリレオに対して非難轟々である。

見損なったと。自分の命が惜しいのかと。あの時の教えや威勢はどこへいったんだと。

 
だが、

「敵を騙すにはまず味方から」
であった。

 
 
ながい幽閉生活のあいだ
ガリレオは敵の目を欺き
仲間の、さらには一番弟子の目をも欺いて
書き上げたのだ。

真理探究の結晶である
「新科学対話」を。真実を。

 
失明しながら辛く孤独に
それでも権力に屈さず
真理の道を戦い貫いた。

 

「科学の唯一の目的は、人間の生存の辛さを軽くすることにある。」

 

ここに真実をもって権威と権力に立ち向かった一人の男の生き様がある。

 
 
YOERU.

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